1日50文字で物語する

うそとほんととうそのはなし

きみと旅する

携帯が発達して、写真というものは身近になったように思える。だけれど、データとして残すばかりで印刷して手元に残すことが減った結果むしろ遠ざかった。そうも思う。
だからこそ、自分は「旅行の記憶」は印刷するようにしている。実際に紙になるとこんなに撮ったのか、とも思うし、見返すことは楽しい。
「これ、確か道中で買ったお弁当。食べてる途中で写真撮ってないことに気付いて慌てて写真撮ったんだよね」
写真を見せる。写ってるのは、ご飯が半分くらいになって、齧りかけのおかずがいくつか転がったお弁当。行儀が悪いといえばそうなんだけど、「撮り忘れた」と気付いて慌てて撮りたくなるほど美味しかったんだ、となんだか見るたびに嬉しくなる。
「どこの通路かな。たぶん、四国に行った時のだと思うんだけど。なんかの名所だっけ?」
たくさんある写真にはこういうのが結構混じってる。さっきのお弁当の写真もだけど「撮らなきゃ!」と思ったからこそシャッターを切るのだ。そこには、「観光名所だから」だとか、そういう他人に伝わりやすいような理由はない。
それ自体は全く良いんだけど(なんせ、撮りたくて撮ってるのだ)時々、こういうこれどこだっけ?という写真が混ざってしまう。だいたいの場所は他の写真から推測できるけど。
「……尾道。あそこ、こういう路地多いから」
好きでしょ、とようやくそこでまともな返事があって僕はにんまりと笑ってしまう。そんな僕の表情にまた、不機嫌そうに鼻を鳴らされたけど、ちゃんと話を聞いてくれていることがわかった僕には響かない。
「あーそうか、そうだ。坂の上で!もっと眺めの良いところもあったのに」
「……眺めより、こっちの方が好きでしょ」
「まあね」
それは間違いない、と頷く。実際、写真に写る細い路地やその脇にあるバケツだとか自転車だとかのバランスはたまらなく好ましく映るものだった。なんなら確か、これは現像するだけじゃなくて、気に入って待ち受けにしていた記憶がある。
楽しかったねえ、と写真を見ながら呟けばいよいよ不機嫌なことを一切隠さずに顔が歪んだ。あ、やばいなとその顔を見ながら悟る。どうやら思い切り地雷を踏んでしまったらしい。でももともと、この話を始めた時から不機嫌の地雷に片足乗っけていたようなものだろうから今更か、とも思う。
「そんな話をするために、わざわざ呼び出したわけ?」
「そんな話って。え、楽しくなかった?」
「楽しくなかった」
気遣いなんて一切滲まない冷たい声にいっそ笑ってしまった。ううん、どうにも難しい。
「あのほら、次どこ行く?って話がしたくて」
は、と短い息が漏れ出た。ああしまったなあ、とその顔を見ながら思う。まさか、そんな顔をさせるつもりはなかったんだけど。
ただ、ここまでくると引き下がれない。耳をすませながら相手の呼吸を数えた。見逃さないように。そんな僕の様子に気付いたのか、ため息ひとつ零して、また隠れてしまう。さて困った。
「……移動中の、写真が多いでしょ」
シャッターを切るのが「良いと思った瞬間」だから観光名所らしい写真が少ない。それとは別に、そもそも。目的地に向かうためのバスや電車、その車内。その窓から見えた景色。そういう写真がどのアルバムもともかく多かった。
目を伏せた表情に「次は、どこ行こう」と声をかける。すると、真っ直ぐに見つめ返してきた。その目が、あまりに真っ直ぐで少し困る。
「……次なんてないよ、こんなご時世だもん」
「それが、会いにこなかった理由?」
君が写真を撮って、僕に送る。僕はそれを印刷してアルバムにまとめる。それから、お土産と一緒に帰ってきた君とアルバムを覗き込むのだ。お土産を一緒に食べながら、一つ一つ。旅の記録を書き込んでいく。
それはいつからかの僕らの「遊び」だった。なかなか外に出れない自分のために、代わりに色んなものを見てくると言ったあの約束は、子どもらしいといえばらしかったかもしれない。だけど、そんなありきたりな約束を律儀に守り続けるものだから、君のことをすきだなあ、と思う。
まさか、それでそのまま約束を守れないからと会いにこないとは思わなかった。
つい笑ってしまえば「そもそも、こんな時に会うの、危ないでしょ」と唇を尖らせる。
「だからさあ、こういう文明の利器使うんじゃん」
こつん、と画面に触れた。
「文明の利器を使おうが、こんな状況じゃ旅行にもおちおち行けやしない」
「じゃなくてさあ」
いやまあ、それもそうなんだけど。
「移動中の写真が多いからさ。まるで、僕も一緒に旅してるみたいだってずっと思ってた」
駅に行き、乗り物に乗りどんどん離れていく景色に一時だけ別れを告げて。綺麗なものを観て、美味しいものを食べよう。
それもこれも全部、帰ってきた時一緒に笑うために。
「知らなかったでしょ、僕も旅をしてきたんだよ」
君の目を通して。そしてたぶん、それは君が実際の場所で経験してきたそれとは少し違う。だってたぶん、僕は君の「見せたい」という気持ちとも一緒に旅をしたんだ。
「今度はだから、僕の旅の話を聴いてよ」
話したいことがあるんだ、と笑えばいよいよ君は怒った顔を保てない。なんてったって、優しいので。